コラム

【寄稿】モダニズムを疾走する流線型の近未来~画家・杉山新一が生まれた背景~

2020/11/27
テキスト=井上リサ(現代美術作家/西洋医学史研究者)

昨年の夏、「あの頃ぼくらは未来の夢をみた――。」と、まるでどこかの空き地で秘密基地を作って遊ぶ少年少女たちのひと夏の冒険小説のような懐かしいコピーに誘われて私はある展覧会に足を運んだ。それが、千葉県松戸の神戸船舶装備株式会社の社宅を改装してつくられたというクリエイティブ・スペース「せんぱく工舎」で開催された『杉山新一原画展』である。生前はその名を知られる機会が少なかった挿絵画家である杉山新一の画業を膨大な資料とともに横断的に振り返るという画期的なものだった。まず展覧会場入り口では、波濤を越えて突き進む戦艦大和の絵に出迎えられた。次に、靴を脱いで上がる6畳ほどのその空間には、杉山の名前を知らなくても、いつかどこかで一度は見たことのある未来都市や乗り物のイラストが並び、テーブルの上には原画の資料が百科事典の如く重ねられていた。そこは宛ら学校の宿題を放り出して何時間でも好きなだけ恐竜図鑑を見ていられる「のび太の部屋」のようでもあった。

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杉山新一の作品を見た人は、どこか懐かしいという思いを抱く。それはしばしば《レトロ・フューチャー》という言葉をともなって表わされる。杉山が《懐かしき未来》を描いていた《あの頃》とは、終戦後、即ち原爆投下からわずか10年で核の平和利用を宣言した「原子力基本法」(1955年)がわが国で制定され、1957年には東京タワーの建設が始まり、モノレール、新幹線、首都高速の開通を以って東京オリンピック(1964年)を迎えたあの時代である。ちなみに市川崑が総監督を務めた記録映画『東京オリンピック』の冒頭では、クレーンで吊るされた鉄球が老朽化した前時代の建物を破壊していくシーンが象徴的に登場する。その後の大阪万博(1970年)では、太平洋ベルト地帯から遠く離れた嶺南にある美浜と敦賀の原子力発電所から電気が送られ、それ以後は阪神工業地帯の繁栄を担っていったあの時代。南方の島々の観光開発に人々がブルーオーシャンを求め、旧王族の財宝をめぐって冒険活劇を繰り広げたあの時代。そして、ソヴィエト連邦とベルリンの壁もまだあったあの時代である。杉山新一が手がけた多くの仕事は、当時のモダンなポップ・カルチャーの雰囲気も捉えつつ、博覧会のパビリオンから聞こえてくる未来都市の音とともに、あの時代を見事に横断しているのである。

そんな《あの頃》に《ぼくら》が読んでいた科学雑誌や少年誌からSF、ミステリー、オカルト雑誌にいたるまで、名前は知らなくてもいつも杉山新一の挿絵があった。そこに描かれた光景は、透明チューブの未来都市、成層圏まで届きそうな超高層ビル群、宙に浮くカプセル型の乗り物、氷塊を砕きながら推進する超電導船、大陸横断原子力高速鉄道、レーザー光線が飛び交う火星基地での宇宙戦争、謎の円盤UFOとの接近遭遇、地底から出現する失われた超古代文明などだ。これらのいつか見た《懐かしき未来》は、2020年の現在が既に追い越してしまった未来がある一方で、実現しなかった未来もある。それを振り返る時、そこに郷愁に似たものを感じる人もいるだろう。

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杉山新一は、これらの未来の断片を、画家が等身大で対峙するF100号のキャンバスではなく、両手に乗せられるA4サイズほどの世界に凝縮させた。その画面は一見するとフラットであるが、顔を近づけて凝視する事によって、0号の筆先に全神経を集中させて描かれた線の塗り重ねに膨大な時間が集積されているのがわかるだろう。これは印刷物ではなく肉筆の原画だからこそ実感できるのである。

もう一つ、《あの頃》の《ぼくら》が夢見た未来を描いた杉山新一の作品で、残像として強く目に焼き付くのが海や空や遠景の山々に眩しく滲む青である。この鮮明な青の系譜を辿っていくと、生来、自らを絵描きである事を自負していた杉山が生まれ育った静岡県旧金谷町の風景に行き着く。特に乗り物のイラストの背景に丹念に描かれた山々や平原は、かつて絵描きを目指していた杉山少年が小高い丘の上から眺めたであろう温暖な遠州の山脈や、広大な志太平野をも彷彿とさせるものだ。杉山新一の作品に、何か絵描きとしての身体性を見出すものがあるとすれば、それは筆致やマチエールという表層に見えるものではなく、やはり生まれ育った野山の風景の断片が無意識のうちに写しこまれているのではないかという点である。さらに杉山新一が少年時代に丘の上に駆け上がって見たであろう遠州の佇まいは、かつては広重も『東海道五十三次』の中で表したものである。その時と変わらない山々の風情がグラデーションとなって、現在、過去、そして《懐かしき未来》の青の系譜として繋がっていく。

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杉山新一という、かつて《懐かしき未来》を駆け抜けていった一人の挿絵画家の画業をあらためて振り返る時、《ぼくら》があの時代にどんな夢を託し、どんな夢に破れ、どんな夢をつかめたのかを杉山自身が語りかけてくれるだろう。

プロフィール
杉山新一
昭和12年、静岡県金谷にて、三兄弟の次男坊として生まれる。幼少期から絵を得意とし、山の上にある小学校に歩いて通学する際に、道草をしながら自然のすばらしさを学ぶ。山の上から雲を眺めては「この雲はどんな絵の具を混ぜればこんな色になるのかな」と考えていた。学校では商業を学び、経理の仕事に就職。しかし子供の頃からの「絵描き」という夢を諦めきれず、周りの人に止められながらも上京し、東京で経理の仕事に就職し、その傍らで画家を志す。その後、柳柊二先生に師事し小松崎茂先生、梶田達二先生ら、名だたる昭和の大家の先生方に教えを乞う。70年代頃から絵描きとして独立する。

雑誌、書籍、新聞など多くの媒体に絵を添え続け、ジャンルはメカニックを得意としており、戦艦、戦闘機、飛行機、船、潜水艦、宇宙船、近未来予想図などの絵を数多く描き、特に本人は内部構造の透視図を描くのを楽しんでいた。メカニック以外にも自然物、動物、恐竜、オカルト、時代物など、作品・画風共に多岐に渡る。平成31年1月30日、81歳で永眠。

    公演情報

杉山新一原画展
-懐かしき未来-

日時:

2020年11月28日(土)~12月20日(日)
10:00~17:00
(最終入場は16:30)

会場:

文化フォーラム春日井・ギャラリー

入場料:

無料


主催・問合せ:

公益財団法人かすがい市民文化財団
TEL:0568-85-6868

協力:

杉山家

助成:

公益財団法人瀬戸信用金庫地域振興協力基金