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居心地がいいからアートが生まれる 2021.10

特集

滋賀県の障がい者施設・やまなみ工房の営み
居心地がいいからアートが生まれる 2021.10

こんなことやって、どうするの? でも、誰が何と言おうと
一番やりたいことをやる

「見て、見て~!」 声をかけられ、大きな机を覗く。「面白いなあ」「すごいなあ」その言葉に喜ぶ利用者たち。私たちのような日常にはいない取材スタッフやカメラマンに躊躇なく声をかけてくれる利用者もいれば、カメラ目線でポーズを決めてくる男性も、人のことは全く無視してマイペースに筆を走らせる人もいます。
滋賀と三重の県境、甲賀市。のどかな山間にある障がい者施設「やまなみ工房」。ここでは独創的なアート作品が生まれ、国内外から注目されています。しかし、社会的な称賛や評価にこだわることなく、日々のトイレ掃除や古紙回収と同じように、利用者は創作活動をしているというのです。しかも、アート作品が創りたい人を集めたのではなく、利用者は全員、近隣に住む人たちばかり。
「施設をアート化するつもりも、施設にアートを取り入れる考えもありませんでした。彼らが言葉や態度で、ありのままの自分を表現し、楽しく過ごすことが重要なだけ」と話すのは、施設長の山下完和(やましたまさと)さん。約30年前、障がい者の経済的自立を目的として、工場の下請け作業などをしていた施設から、今の創作活動中心の施設へ舵を切った当事者です。きっかけは一人の利用者が、昼休みにメモ用紙に鉛筆で何かを描いている時の表情でした。「見たことのない生き生きとした姿」。そこから山下さんの取組みが始まります。

やまなみ工房 施設長 山下完和(やましたまさと)さん

利用者たちの隣にいる、17人のスタッフの存在

午前10時、スタッフが運転するマイクロバスが続々と到着するや否や、約90人の利用者たちは工房内の思い思いの場所へ向かいます。やまなみ工房には利用者の個性に沿った6つのスペースがあります。粘土や絵画を制作する「アトリエころぼっくる」では、恐竜のデザイン画をマーカーで描く人、こぶしを握るようにペンを持ちフリーハンドで美しいカリグラフィーのような文字を書く人など、7~8人が机に向かっていました。隣には、ソファでいびきをかいて寝ている人もいます。

計算も勉強もできなくても素敵な絵を描ける人

榎本朱里(えのもとあかり)さんは、絵の具をしみ込ませた絵筆を振って、その飛沫で着色するドリッピングのように、真っ白な紙に次々と色を重ねていきます。「次は何色がいい?」「黄色~!」スタッフが絵の具を用意する先から、ベタベタと塗り、時にポタポタと色を落とす朱里さん。一つ一つの行為のたびに、スタッフに満面の笑顔を向けます。「隣にいるスタッフによって、色合いや塗り方が違うらしいんですよ」。朱里さんのように、スタッフとのコミュニケーションで絵を描く人もいれば、作ることに集中していく人、とにかく人と関わることが好きな人もいます。そんな中、スタッフは常に傍にいて、利用者のことを観察。しかし作品には手出しもしなければ、アドバイスもしません。相手がどうすれば嬉しいのか、そのことだけを考え、動いています。相手の気持ちを読み、その場その場で空気を整えるような存在感。そんなスタッフたちのことを利用者たちは「大好き!」と臆面なく言います。

昨年から入所した朱里さん。スタッフと一緒に頭巾をかぶると、創作モードに入ります。

創作経験のないスタッフたちが彼らの可能性を引き出す

「目の前の相手に向かって、好きだって、普段から言えますか? 実は僕たち健常者の方が素直に言えなかったりするでしょ。スタッフだって利用者に言われて面食らうかもしれませんが、嫌な気持ちにはなりませんよね」と、山下さん。
やまなみ工房で働くスタッフには、芸術や美術を専門的に学んだ人はいません。「自由な創作活動に打ち込めるよう、大きな机を配置したり、必要な画材を用意するための工夫は行っていますが、創作だけを第一に考えているわけではありません。私たちが大切にしているのは、ありのままの彼らを受け入れる環境を作ること。それを実践してくれるスタッフの存在がなければ、彼らは表現どころか、安心して毎日を過ごすこともできないでしょう」と山下さんはスタッフを称えます。

やまなみ工房敷地内の中央に立つアートセンター2FのアトリエB-CHIC。
利用者の特性によって机の大きさや配置などが決められています。

あなたはあなたのままでいい

そしてスタッフの中では、明確なルールが3つだけあると言います。

①ものを大事にする
②嬉しい・美しい言葉で過ごす
③お互いの悪口を絶対に言わない

「全て、利用者から教わったことです。彼らは、できないことを悔やまないし、褒められなくても常に自分でいられる。人の得意なことを把握していて、相手が嫌がることは絶対しない。彼らは人格者です。だからスタッフも利用者と同じように、そのままの自分が役立てばいいんです。得意なヨガや音楽、料理を生かせばいい。資格だって持ってなくてもいい。必要とされることって、幸せじゃないですか」と、山下さんは敬意を込めます。
こうしたスタッフがいる環境で生み出された作品たちは、徐々に社会の知るところとなり、国内だけに留まらず、海外で高い評価を得ています。もちろん、障がい者の作品だからではなく、純粋なアート作品として。

給食だって、大事

さて、お話を伺っていたら、お昼になりました。給食は毎日、施設内の厨房で手作りされています。約100人分の給食を作るスタッフは3人。通常は朝8時過ぎから調理に取り掛かりますが、時には前日仕込みを行うことも。
調理スタッフで栄養士の村上結香(むらかみゆか)さんは「鶏のから揚げやハンバーグなど人気メニューの時は、バスから降りて、厨房に直行してくる利用者さんもいます。施設へ来る楽しみの一つに思ってくれているようで」とやりがいを感じています。「偏食傾向の強い人も多いので、野菜などは温野菜にするなどの工夫もします。直前まで何が出てくるか明かさない“お楽しみ給食”も月に一回取り入れています」「完食も嬉しいですが、なにより喜んで食べてくれる顔を見られるのが励みなんです」と腕を振るっています。

対等な関係性が当たり前の場所
施設を積極的に“開く”

作品の認知度が上がるにつれ、やまなみ工房を訪れる人は増えています。敷地内の「Gallery gufguf」には、4年間で1万を超える人が訪れるようになりました。しかし、山下さんは現状をこう見ています。
「障がい者を差別する人は多くないのに、施設の外へ出ると、彼らには理不尽なことが多くあります。大きい声を出すと、可哀そうな人たち、という目で見られたりね。そういう、間違った見方やイメージが定着していて、障がいという言葉自体が、不安を生み出すものになっている。だから僕の役割は“彼らって素敵”を伝えること。その機会の一つが作品を見てもらうことなので、展覧会の作品運搬のためにハンドルを握ります。僕ができることは運転なので」
また、やまなみ工房の敷地の中央に、昨年、4階建てのアートセンターがオープンしました。4階はダンスや映画鑑賞、ライブなどもできる多目的スタジオ。2、3階はアートスタジオ。利用者同士が互いの顔や作品を見ながら、つながりを感じて制作できる六角形の大机と、個別に集中する一人用の机が並ぶスペースに分かれています。そして、1階には、地域住民や来訪者が利用できる「CAFÉ DEBESSO」があり、地元食材を使ったカレーやハンバーガーなどが楽しめます。「利用者とスタッフだけの場所ではなくて、地域の人やいろんな人が立ち寄れる場所にしたいんです。障がい者施設は、閉鎖的、近寄りがたいというイメージが強いかもしれません。でも、実際に来て、彼らと知り合ってほしいのです。ここで食事して、窓の外に変わった人がいるぞ、話してみたら面白いってね。作品だけでなく、障がい者と呼ばれる彼らの本当の姿を知ってほしい」と山下さんは望んでいます。(現在は新型コロナウイルス感染症対策のため、カフェのみ受け入れ。通常は事前予約で見学可)

自分の“普通”と違うだけ

ある展覧会に、約30人ほどの団体が訪れました。ワイワイがやがや楽しそうなので、山下さんは彼らに声を掛けたそうです。しかし、どれほど懸命に話しても相手にしてもらえませんでした。彼らをよく見ると、手話でコミュニケーションを取る、耳が不自由な方たちでした。
「僕一人だけが“話せる障がい者”でした。数の多少で見えなくなることがある。凝り固まった心、目を疑わないと。自分の普通と違うだけ」だと実感したといいます。

取材の日、古紙回収が終わるや否やすぐに地蔵を作り始めた正己さん。
「今がシャッターチャンスです!」と言われ、慌ててアトリエに。

また、山下さんがやまなみ工房で働き始めた約30年前から、一緒に過ごしてきた利用者の一人に、山際正己(やまぎわまさみ)さんがいます。正己さんは毎朝バスから降りてくると小走りで倉庫や自動販売機に直行し、段ボールをまとめてゴミ捨て場に持っていきます。そして作業が終わると「やーまーぎーわーまさみさん、よう頑張った」と自分を褒めるのです。それから工房へ戻り、粘土で地蔵を作ります。それが正己地蔵。一日数十分だけ、いつ始めるか、いつ終わるかわからない。でも30年間毎日作り、これまでに5万体以上作ってきたといいます。段ボール集めも、地蔵作りも、誰から頼まれたわけでもありません。「彼はね、利用者・スタッフ全員の誕生日を記憶していて、朝、お祝いの歌を歌ってくれるんですよ。正己は、僕がどんなに苦境にいようと、辛い目に遭おうと、僕の誕生日には歌を歌ってくれる。それがどんなに幸せなことか」
最後に山下さんに、やまなみ工房がこれから目指すところを伺ってみました。やや困ったような表情で「ビジョンとか無くて。利用者やスタッフをびっくりさせるにはどうしたらいいかってことばかり考えてます。明日も会いたい人がいて、明日も行きたいと思える場所でありたいです」と話してくれました。

撮影=トロロスタジオ
取材・テキスト=三宅 有、山川 愛

THIS IS YAMANAMI! 毎日をつくる、やまなみ工房の人々

2021年11月27日(土)~12月19日(日)10:00~17:00(最終入場16:30)月曜休館、入場無料
@文化フォーラム春日井・ギャラリー
THIS IS YAMANAMI! 毎日をつくる、やまなみ工房の人々 展覧会情報はコチラ


【関連企画】 やまなみ工房 山下完和施設長 講演会 「すべては幸せを感じるために~やまなみ物語~」

日時:2021年12月18日(土)15:30~17:00
会場:文化フォーラム春日井・会議室
定員:40名

[申込方法]件名を「やまなみ工房講演会」とし、本文に氏名・年齢・住所・電話番号・メールアドレスを記入の上、メールでお申し込みください。
[申込先]ws3@kasugai-bunka.jp
[申込締切]2021年12月10日(金)17:00まで
※応募多数の場合は抽選となります。
※結果は申込者全員に2021年12月12日(日)までにメールでお知らせします。